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2023年5月~6月の間、奈良醸造にインターンに来ていただいていた油長酒造「風の森」の醸造責任者である中川さん。奈良醸造・醸造責任者である浪岡と、日本酒とビールの違いや、今後の新しいお酒造りについて話す機会を頂きました。
前回までの記事はこちら。
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ー奈良醸造でのインターンを通して、日本酒づくりに活かせそうな部分はありましたか?
中川「ひとつは、“水”ですかね。ビールは造りたいスタイルによって柔軟に仕込み水の水質を変えられています。日本酒はその土地の水をそのまま活かして作ることが多いので、それは新たな発見でした」
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浪岡「確かにビールは、ベルギースタイルのビールならベルギーの水質に近いものにするなど、造りたいイメージの水質に合わせています。毎週のように色んな種類のビールを仕込んでいますが、それぞれに水質を細かく調整します。造りたいビールに水質を合わせるということでは、コラボレーションした『UNDERWATER』では、油長酒造の仕込み水をそのまま奈良醸造まで持ち込んで使わせていただきました。コラボのためにそのまま仕込み水を運んできたということは他の醸造所でも聞いたことがないと言われます(笑)」
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中川「日本酒における水は、風土に根ざしている部分が強いです。油長酒造の仕込み水は、日本酒のなかでも珍しい硬度の高い水を、最新技術でそのまま地下から汲み上げて使っています。硬水はミネラルが多く、酵母にとっては栄養となるため、発酵にも大きく影響しています。それが『風の森』独自の個性に繋がっているのです。
『風の森』独自という点では、日本酒に欠かせないお米もそうです。お米をあまり磨かず低精白にすることで、個性を最大限に表現しています。水も米も、それぞれの素材が持つエネルギーを引き出すため、油長酒造独自の技術を使ってそれを実現させました。ただ、どちらも個性を活かすという意味で発酵が旺盛となる傾向にあり、アクセルを踏み続けている状態に感じています。目標の酒質に合わせて水を加工しているビールづくりを見て、あえて硬度の高い地下水を軟水処理をすることで引き算をしてみるのも面白いな、と思いました。水の硬度を目的に合わせて調整することで、アクセルとブレーキを使い分けられるようにできたら面白いんじゃないかなと考えています」
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浪岡「逆にビールづくりは、もっと素材ひとつひとつの良さを突き詰めていかないといけないなと感じますね。ビールはホップや副原料など様々な要素で味わいを変えることができますが、日本酒は水と米という限られた素材のポテンシャルをどう活かすかに尽力されています。それはビールづくりにおいても必要なことだと思います」
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ー水の加工は、今の「風の森」の日本酒づくりにも反映されそうですか?
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中川「まだ検討段階ですが、先日『風の森』ブランドの25周年を記念して”未来予想酒Ⅰ ”というお酒を出したのですが、秋にも”未来予想酒Ⅱ”を出す予定なので、そこでも今回の経験を活かせたらなと考えています。奈良醸造とのコラボ『UNDERWATER』から着想を得て出来た、玄米を使ったALPHA 8 でも水の加工はやってみたいなと思っています」
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ー浪岡さんは、日本酒について伺ったうえで、ビールに活かしてみたい部分はありましたか?
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浪岡「この2ヵ月間、お話するなかでいくつかのアイデアが出てきました。普段から、単調ではない味わいや奥行きをどう出すかということを考えているのですが、日本酒ならではの”菌”はとても興味深いです。『風の森』では日本清酒発祥の地といわれる奈良の正暦寺で生まれた菩提酛が使われていますよね」
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中川「そうですね。菩提酛とは菩提山正暦寺で編み出された酒母づくりの技法です。そやし水といわれる乳酸発酵水を天然の乳酸菌によって作り、これを酒母の仕込みに使っています。この酒母は、日本最古の酒母と言われています。室町時代に生み出され、一旦は忘れ去られた技術ではあるのですが、菩提酛を継承していきたいという想いから、約30年前に奈良県内の有志の蔵元により復興させるプロジェクトが立ち上がりました。油長酒造も伝統のある菩提酛を受け継ぎ、現在は『風の森』ALPHAシリーズで採用しています。菩提酛にすることで味わいの層が重ねられ、深みを出す事が出来ます。
例えば先日発売させて頂いた『ALPHA 夏の夜空』も菩提酛を使用しています。このお酒は日本酒のなかではアルコール度数の低いお酒づくりに挑戦しています。アルコール度数を下げることで味わいに奥行きがなくなる懸念があったのですが、天然の乳酸菌を用いた菩提酛による乳酸発酵は、 酒質に複雑味と奥行きを与えてくれます。そんな菩提酛をビールづくりにも応用することができたら、面白いかもしれません」
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浪岡「ビールでは食品用に精製した乳酸を使用することが多いですが、自然発酵によって生み出された乳酸をビールで使ったらどんな味わいになるんだろうと、とても気になっています。その地を活かす油長酒造の取り組みを見ていると、改めて奈良はお酒造りに適している土地なんだなと感じますね。同じ奈良として、ここでしか作れない味わいが作れたらいいなと思います。ぜひ今後ともお力をお貸しいただけると嬉しいです…!」
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中川さんと浪岡の酒造りに関する対話は止まらず、このあと議論はお酒造りの専門的な深みへと入っていきました……。今回出てきた新しいアイデアが、どのようにしてそれぞれのお酒づくりに活かされていくかは、これからのお楽しみです。
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油長酒造「風の森」は今年で25周年を迎えられます。伝統をより良く改変しながら、新たな伝統を創造している「風の森」。今後は酒蔵のある奈良県御所市の豊かな自然や里山を守っていくことにも力を入れて行くのだとか。油長酒造の取り組みとお酒造りは、今後も目が離せません。
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奈良醸造も、今年で5周年の節目を迎えます。油長酒造の長い歴史を活かしつつ挑戦をされているその姿に、奈良醸造も引き続き頑張っていかねばと気が引き締まります。もうすぐ5周年記念のビールが出来る予定ですので、よろしければ今後の奈良醸造にもご注目いただければ幸いです。
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現在、油長酒造とコラボレーションした「UNDERWATER」は数量限定で奈良醸造オンラインストアとタップルームで販売中。年々アップデートを重ねていくこちらのコラボ、今年の「UNDERWATER」を飲めるのは今年だけ。ぜひお試しください!