ALE & BOOKS 「ビールと読書」
作家・村野真朱さん
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ふくよかな麦の香りとやさしい口当たりに続く、ホップのあざやかな苦み。
BODONIの親しみ深い甘みと苦みは、一口ごとに表情を変え、どこか懐かしく切ない気分になります。
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クラフトビールの魅力は数え切れないほどありますが、わたしが真っ先に思い浮かべるのは「多様性」と「多面性」です。多様なスタイルとテイストであらゆるジャンルを往還しつつ、飲むたびに違う顔を見せる。それでいて気安く楽しい、物語のトリックスターを彷彿させます。
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クラフトビールファンには、ユニークな醸造所が集まっていることで有名なアメリカ・オレゴン州ポートランド。
二〇〇七年秋、ポートランドのインディ文芸誌《Tin House》において「Fantastic
Women」という特集が組まれました。本書『マジック・フォー・ビギナーズ』の著者ケリー・リンクはそこに「ファンタジーにもSFにも分類できない、奇妙な作品を書く女性作家たち(本書解説より)」として取り上げられた作家の一人です。
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『マジック・フォー・ビギナーズ』はSFとファンタジー、現実と非現実、ホラーとユーモア、それらのあわいを揺らぎながら綴られる短編集です。
魔法のバッグ、ゾンビ、悪魔、色とりどりのジャンクフードに、海賊放送のテレビドラマ……嘘か本当かわからない、それでいてどこか懐かしい雰囲気をたっぷり詰め込んだ短編たちは、あらゆるジャンルを行き来しながら〝おはなし〟を紡ぎます。読み進めるうちに「ふんふん、なるほどね」となにやら摑んだような気になってくると、〝おはなし〟はするりと手から逃れていって、突然終わってしまう。でも、現実から垣間見えるふしぎな世界の余韻と、冗談めかしているようで切実な感情描写は確かに残る。
そんな「多様性」と「多面性」が、なんだかとっても〝ビールっぽい〟と感じるのです。
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BODONIの豊かな麦の風味と切れ味よいホップの苦みが織りなす味わいは、『マジック・フォー・ビギナーズ』のポップで楽しい物語にひそむ捉えどころのないさみしさと折り重なって、奥深く広がっていく気がします。
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秋の夜長にビールを飲みつつページをめくる時間の楽しさを、ぜひ味わってみてください。
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『マジック・フォー・ビギナーズ』
著者/ケリー・リンク
訳者/柴田元幸
出版/早川書房
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村野真朱(Murano Masoho)
作家。クラフトビール漫画『琥珀の夢で酔いましょう』原作者。
『琥珀の夢で酔いましょう』(マッグガーデン刊・現在5巻まで発売中)
京都を舞台に、クラフトビールをめぐる大人の青春群像劇です。
https://magcomi.com/episode/10834108156766453493
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ALE & BOOKS 「ビールと読書」とは:
ビールを飲みながらどんな本を読みたいか、いわばビールとフードのペアリングならぬ、ビールと本のペアリングをお伝えできたら面白いのではないか、という提案です。奈良醸造がビールと一緒に読みたい本を紹介したり、どんな本を好きなのか、気になる方々のオススメなどを紹介していきます。